オアフ島カイムキ在住 Mr.KokuboのウクレレNEWS

Vol.1 第34回ウクレレフェスティバル Vol.2 ローカルミュージック Vol.3 ウクレレファクトリー
Vol.4 ジェイク Vol.5 スラッキー Vol.6 フラ
Vol.7 第35回ウクレレフェスティバル プレイベント Vol.8 第35回ウクレレフェスティバル リポート Vol.9 「無料」で楽しむお得情報
Vol.10 第23回ハワイアンスラッキー フェスティバル Vol.11 ハワイ音楽研究会」御一行様ホノルルご到着 Vol.12 ウクレレギルド オブ ハワイ 2005
Vol.15 ホッとするお話
Vol.16 第36回ウクレレフェスティバル Vol.17 24th Annual HAWAIIAN SLACK KEY GUITAR FESTIVAL 2006 “OAHU STYLE”

 貿易風が吹くハワイ諸島。オアフ島には、風上という意味の「ウインドワード」と、風下という意味の「リーワード」という地名があります。風は島に涼しい空気を運んでくれます。また、船を操るには風上・風下がとても重要で、ハワイでの海と密接な暮らしには欠かす事ができない方向といえるのではないでしょうか?

 オアフ北東の「カネオヘ」にある「ハワイ大学ウインドワード・コミュニティーカレッジ(通称W.C.C)」のキャンパスは、切り立った荘厳な山とコバルトブルーの海に挟まれ、ハワイ独特の瓦屋根の校舎もまた美しい佇まい。都会(一応ね)に住む私たちに新鮮な感動を与えてくれます。年末から年始にかけて雨の多いオアフ島ですが、雨季が終わった所を見計らって、2月の後半にW.C.Cを訪ねました。

 W.C.Cの卒業生で、今では弁護士、医師、陶芸家、ローカルテレビ局OC16のプロデューサーなど、社会で活躍している先輩方がいます。学生課のある校舎には、彼らからの苦しく(アメリカの大学の勉強はマジ苦しい)楽しかった(で、マジ楽しい)思い出と共に、学生への激励メッセージが寄せられています。
 
そこにはクムフラ(フラの師匠)「カヴァイカプオカラニ K.ヒューエット」先輩からの激励もあります。


 「もし私が1973年にウインドワード(C.C)に通う機会を得られていなかったとしたら、多分今の私はなかったと思う。W.C.Cは私の将来のために必要なステップ・ストーン(足がかり)だった。先生たちは、決して私をあきらめず、励まし、勇気づけてくれたことを思い出す。楽しんで学び続ければ、見出せるという事を思い出してほしい。他の人がなんと言おうと、絶対に自分で限界を作っては駄目だ。自分で答えを探し出せ。後から追って行くのでなく、リーダーになれ。(食べ物の)パイのかけらなんかを待たず、自分のパイを造れ。あなた自身の生きかたを創造するのだ」

 ウクレレニュースをお送りするコーナーなのに脱線ばかりしてしまって申しわけありませんが、今回は私の知り得た「フラ」の世界をご報告させていただきます。昨年8月、W.C.Cの近くウインドワードにあるキャッスル高校の「ロン・ブライト・オードトリアム」で行われたヒューエットさんの27回目の発表会に、日本で二人しかいないお弟子さんの一人であり、古くからのお友達にご招待いただいた時の話です。

 ウクレレと同様に、「フラ」はハワイの歴史や人々の生活に欠かすことのできない物、宗教とも密接に関わってきた物のようです。ただ、日本のお能を始めとした伝統文化と比べると、ハワイのフラはみんなの生活に根付き、現代社会でも脈々と受け継がれるばかりか、多くの新しい人たちがフラのすばらしさに共感します。また、私たち日本の人たちにも愛されているようです。丁度これは「ハワイがみんな大好きだ」という不思議な魅力と共通しています。

 友達でも英国人は米国をあまり良く思わない人が多く、ハワイに引っ越す事が決まった時に恐る恐る打ち明けました。しかし、みんな「いいね!今度行くからコンドに泊めて」とベタなダジャレを言う始末。「なんだ、イギリス人も好きなのね」っとホッとした思い出があります。

 "ハワイ好き"と言われている私たち日本人には、「私だけが大好きなハワイ」というような嗜好性の細分化があるようおもいます。「フラ」といっても、それぞれ方々のフラの好みがあるのだろうなと常々感じてはいました。ただ間違っていたらお詫びしますが、ライ・クーダーの音楽からハワイに入った私には、これまで日本での「フラ」というもの、そしてハワイアンという音楽の在り様がなぜか古臭く感じ、そしてまた、なぜか敷居の高いものでした。




 映画でよくみるアメリカの学生のひとりひとりの専用ロッカーもハワイでは屋外にありました
会場は高校の講堂とは思えぬほど。というのも、照明や美術そして音響までもが完璧。ゲストのバンドには「ザ・リム・ファミリー」と、ジェリー・サントスの「OLOMANA」が。故郷のオアフ島東海岸にある美しい山を歌ったオロマナの「Ku‘u Home o Kahalu'u」などの演奏の後、この二つのバンドがヒューエット先生のバックで演奏も。 前回のVol.5でご紹介したグラミー賞受賞CDの「ハワイアンスラッキーギター Vol.2」には、「ザ・リム・ファミリー」の「ソニー・リム」と「OLOMANA」第2期オリジナルメンバー「ランディ−・ロレンゾ」が参加しています。フラの事を知らなかったわたくしにとっても、特別で超豪華な「ホイケ」です。

 ヒューエット先生はまたミュージシャンでもあり、以前ご自身のバンドを従えてのCDリリースのプロモーションライブを見ることができました。始めにご紹介した学生への言葉でもわかる通り、ヒューエットさんは素晴らしい方ですが、ミュージシャンとしてもまた凄い人で、もちろんウクレレも演奏し歌もしっとりとしています。そしてその時にアンコールでフラを踊ったのを見たとき、わたしたち夫婦の「フラ」の認識も変わりました。天才とは凡人の意識をいとも簡単に変える事のできる人の事だと、つくづく思う一瞬でした。 

 


 2003年のスラッキー・ギター・フェスティバル・オアフにも参加した、第2期オリジナルメンバーのハワイアン「ハウナニ・アポリオナ伯母さま」にいたっては、オールコア製KヤイリのWネック!で登場していましたが、今回も同じギターで登場。

 友人の岡田えりささん(写真右から2番目)は、日本人では二人しかいないヒューエット先生の直弟子さんです。ご自身の生まれ育った湘南の街と、東京の数カ所に教室があります。日本航空の客室乗務員で結成された「JAL WAYS」にフラの指導もしていて、その発表会やホノルルマラソン前夜祭など、日本航空のイベントでオアフよくに来ます。
 
が、多忙でなかなか会えません。ただ、朝のハワイのローカルTVニュース「KHONチャンネル2」を見ていると、いきなりえりささんがフラで登場していてびっくりします。ヨーロッパの航空会社のキャビンクルーとしてもお勤めで、今でも以前からのお仕事も続けています。

 妹のしずかさん(写真左から2番目)は、私の日本でのバンドのギタリストで、親友の藤井の奥さま。以前はなんとあの「プラダ」にお勤めしていて、日本では広報の仕事をしていましたが、今はお仕事を辞めてお姉さんを助けています。それまではフラの"フ"の字もなく、「はい」という返事を「シィ」などと返してくれていたイタリアンな彼女が一転。周りはビックリ仰天しましたが、のほほんとした性格のしずかさんにはハワイ文化が合っているのでしょう。
 昨年アラモアナショッピングセンターで「JAL WAYS」に混じって踊ったフラもとても素晴らしく、またしてもビックリ仰天の我が家でした。私の誤ったフラの常識を覆してくれた、お二人にマハロ!の一日でした。

 以前、鎌倉でケオラ・ビマー大師匠の演奏でフラを踊ったえりささん。教えてくれれば見に行けたのに!という苦い経験のある私。この春もヒューエット先生が来日し、えりさ先生の教室の「ホイケ」があるそうで、その打ち合わせをかねて先週(2005.3)もオアフ島に来ていました。

 が、実はヒューエット先生のお誕生会のお手伝いにあわせて来たそうです。お弟子さんたちがハワイ伝統のお料理を作って準備をし、当日近くの州立公園には200人以上のお友達が集ったそうです。「ザ・リム・ファミリー」と「OLOMANA」もお祝いに来ていたと話してくれました。それもヒューエット先生の暖かい人柄からでしょう。

 フラはもちろんの事、ハワイの文化の深みを感じることができる「ホイケ」。またヒューエット先生から伝わってくる、なんともいえない親しみ感。ウクレレ好きの方にも、ハワイ好きの方にも、お薦めのイベントだと思います。

詳細は下記のHPをチェック!
クハイハラウ・オ・カプアオカナウパカ
http://yokohama.cool.ne.jp/naupaka/






Mr.Kokubo
 
たしかに、この街には音楽に満ち溢れています。しかし大きな落とし穴があります。ギターやパーツ、エフェクターの類が全然充実していません。友達のギターに付いている、とてもポピュラーなブランドのペグのひとつが壊れてしまい、街中の楽器屋さんを駆け廻って捜しても結局ダメ。パールシティ−という遠くの街の楽器屋さんにもなし。結局、その友達が札幌へ旅行に行くついでになんとか市内でゲット。しかし、以前から買えないとわかっていても楽器屋さん巡りがこの上なく好きな私は、重症な「禁断症状」です。

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