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オアフ島カイムキ在住 Mr.KokuboのウクレレNEWS

Vol.1 第34回ウクレレフェスティバル Vol.2 ローカルミュージック Vol.3 ウクレレファクトリー
Vol.4 ジェイク Vol.5 スラッキー Vol.6 フラ
Vol.7 第35回ウクレレフェスティバル プレイベント Vol.8 第35回ウクレレフェスティバル リポート Vol.9 「無料」で楽しむお得情報
Vol.10 第23回ハワイアンスラッキー フェスティバル Vol.11 ハワイ音楽研究会」御一行様ホノルルご到着 Vol.12 ウクレレギルド オブ ハワイ 2005
Vol.15 ホッとするお話
Vol.16 第36回ウクレレフェスティバル Vol.17 24th Annual HAWAIIAN SLACK KEY GUITAR FESTIVAL 2006 “OAHU STYLE” Vol.18 第37回ウクレレフェスティバル


オアフにやって来て4年の月日が経ちました。この4年間で何が変わったのか、また、何が変わっていないのか、それすら分別がつかないほど。ふり返れば一瞬、そしてボケも始まりました。しかし日本のウクレレを取り巻く環境は、大きく変わったんだろーな、と想う故郷にっぽん。いつも想いつづけたこの4年間だったけれど、このところカピオラニ公園でそんな、話に聞いてた元気な日本のウクレレの様子をよく目撃するのだ。
7月22日の日曜日・2007年ウクレレフェスティバル、いつものカピオラニ公園で開催。今回で37回目のイヴェントにも、そんな熱いにっぽんからのみなさんが、ヤーヤーヤーとやって来た!

いつものようにデービッドと会場にむかった。奴のシニカルな解説、特に音楽ネタは、いつも的を得ていてオモロい。奴も去年は、あのラウラを褒めていたね。ぼくにとってはあの光景はルネサンスにも思えた一瞬だ。いまおもえば、あのときの拍手の大きさだって、今年のジャック・ジョンソン+子供たち(親たちは大拍手)に匹敵していたのだ。
そして、今年のプログラム。なんと6つのJapanの文字が躍っているじゃないの!過去から、34回2組、35回2組、36回4組、ことしの37回までの足跡をみても、“熱い”ってコトが否応なしに伝わって来るのだ。
そんな心に残るウクレレフェスティバルの様子を、是非ともここのお店のサイトをお借りして、みなさんや、アコデの人たちにご報告させてくんちぇ(映画:フラガール風)。


いま、みなさんがご覧のアコデのサイトのトップに“ウクレレ情報サイト「koakoa.com」”のバナーがあるでしょ? ここのお友だち“ゆうこ♪”さんが今回出場したと、後日コアコアで知りました。当日会場でも、すごく近くにいたのです。これも何かのご縁ですからと、当日までのお話を、ブログ風にお願いしたところOK!ご紹介いたします。



ここからは”ゆうこ♪”さんの日記です・・・

日曜日は待ちに待ったフェスティバル。朝から大変だった。興奮のためか、前夜眠りについたのが2時半ごろ、起きたのは5時。なんと2時間半しか寝てない!まず、朝起きてカーテンを開けて、がっかりしてしまった。外は雨だったのだ。6時には会場に行って、場所取りをと考えていたが、6時にホテルを出ればいいや、と思い支度。
会場はカピオラニ公園、さすがに6時過ぎではABCストアーも開いていない。
カピオラニ公園に着くと設営が始まったところだった。私たちのメンバーはもう何人か来ていて場所取りを済ませ、ホテルに戻っている人もいる。私もステージが見やすくて、日陰になる木の下に席を確保した。雨でシートが濡れているので、無料雑誌を使用して水気をふき取り、ビーチ用のシートを敷いて座った。慣れている人たちは、シートの後ろの空いたスペースにテントやタープを張って日陰を作り、ビーチチェアーなどを持参して座っている。
来年は私もビーチチェアにしようかしら?って思ってしまった。9時半スタートにもかかわらず席は7時半には一杯だったろうか。ほとんどがロイ・サクマのウクレレ教室に通う人達の家族だろう。ウクレレを手に持ちやってくる。こんなにたくさんのウクレレプレーヤーがいるのか!と思うほど、たくさんの人達がやってくる。いろんな地域からウクレレを演奏するために集まった人達。なんか感激。開演前はウクレレを出し練習して過ごした。周りの人達も出してポロポロ弾いている。そんな姿がとても自然な景色だった。右手遠くにはダイヤモンドヘッド、公園後ろにはワイキキビーチ、そしてすばらしいお天気!ウクレレフェスティバル日和になってきた!


フェスティバルはロイ・サクマの挨拶から始まった。スタートからかじりつくようにステージを見てしまった。今回、日本からはなんと6つのグループが出ていた。とは言っても、TT Cafeや、鴻池薫氏などもいれば、我々のようなグループでの参加もある。今回のこのウクレレフェスティバル、当初はただのオーディエンスの予定だった。35回のウクレレフェスティバルの出演者リストを見たとき、こんなにすばらしいプレーヤー達が出るのか!と感激し、絶対生で見たい!って思ったからだ。しかし、今年になり日本に来日するアーティストやメールで連絡がつけるアーティストたちに今年は出るのか?と聞くとオファーがないから出ないと言う。かなりがっかりした。でも私はあきらめなかった。私が出ちゃえばいいんだ!って思ったのだ。以前より気になっていた日本ウクレレ協会のHPを見に行き、早速出演したいのでスケジュールを教えてほしいと連絡をした。そんなわけで自分が見るだけではなく演奏できることになったのだ。会場では、お年寄りによる耳なじみのよい曲の歌と演奏。元気あふれるグアムの子供たちの演奏。そして日本からのグループなどの演奏。持ち味様々、見るものを楽しませてくれる。演奏持ち時間は7分と決まっているらしく、数曲演奏するグループがほとんどだった。私たちも3曲をメドレーで演奏する予定になっていた。ちなみに日本からの参加者合計はロイ・サクマのウクレレスクールの次に多かった。(笑)

日本のグループの一つに私の知り合いの男性が出ていてかなり驚いた!彼は日本に住んでいるハワイ出身者で、ウクレレは弾けないと数年前に言っていた私の英語の先生だ。最近ウクレレを始めて、フェスティバルに参加することになったらしい。これには本当に驚いて、彼のグループの演奏が終わったあと飛んで会いに行ってしまった。懐かしい人の再会でとても嬉しく幸せな気分。自分の番がこれからだったので、俄然パワーがついてしまった。私を見てくれる人などはいないだろう、と思っていただけに本当にうれしかった。

←ヒロマーチを演奏する日本ウクレレ協会のメンバー。
ゆうこ♪さんは前列右から6人目です。

写真提供:ゆうこ♪さん&おともだち

さて、とうとう自分の番!ステージは狭いため、階段側にも立ってくださいといわれ、最前列へ。前を見るとたくさんのお客さんたち!緊張したけど思いきり演奏した。とても気持よかった。思った通り歌はちょっと口パクになったけど、楽しい時間を過ごせた。学生時代にクラブメンバーとステージに立った経験があるので、こういう雰囲気をもう一度味わえるなんて!音楽ってすばらしい!心からそう思った。出演者も様々だが観客も様々。おばあさん達は出演者のノリのよい演奏を聴きながら踊りだしている。なんとほのぼのとした光景。演奏している人たちの曲のコードがすぐわかる人たちは一緒に演奏したりしている。ウクレレフェスティバルの赤いTシャツを着ている人が一番多いのだが、その赤がまぶしいのと、ハワイアンの様々な柄のアロハシャツやムームーに身に纏う人たちで、会場はカラフルだった。ジェイク・シマブクロやMANOA DNA、Ohta-san、Jack Johnsonなどの有名な人たちが演奏をし、すべてが終わったのは1時半ごろ。嬉しい再会、素晴らしいステージ、最高の一日だった。ウクレレを続ける限り、またウクレレフェスティバルに出られる機会をいただければと思った。


今年のブースで目を引いたのがコアロハのニューモデル“セプター”。あの手のこんだパイナップル・シェイプより、買いやすい価格になりそうな予感。偶然にも、このウクレレを買ったお父さんが、会場でボクとデイブの前に座っていたので拝見。薄いボデーなのに結構しっかりとした音。このお父さんは、まだウクレレを始めたばかりから、と、奥さまと一緒に、なんだか恐縮しながら、でも大切そうに買ったばかりのセプターをケースから取り出して見せてくれました。「道具を使う道楽は、たとえばスポーツだって、良いものを使った方がはやく上達するし、辞めちゃうにしても売りやすいものですよ。どうせ買わなくても、そのお金で飲んじゃうでしょ?」などと意気投合。奥さまもニコニコ顔で頷いてくれました。そして元気な日本のベビーブーマー世代。ブラザーズ・キヌガワ名義で出演のみなさんは、衣川さん兄弟とそのウクレレ教室のメンバー。おお、懐かしいヤマハのE・ベースじゃないですか!ってことで記念写真。そんな呑気なわたしたちを後目に、お姉様方はご登壇前に気合のミーティング。この季節、カピオラニ・パークの芝もハゲ気味ですが、シャワーの季節になれば、またグリーンにもどります。

冒頭のように、4年前にも東京のお台場や、横浜みなとみらいでの、ハワイやウクレレ関連イヴェントが盛り上がりつつあったが、いまでは全国各地にこのようなムーブメントが波及している様子を、インターネットを通して知ることができ、とても驚き、うれしい。ゆうこ♪さんのダイヤリーにもありましたが、ハワイから日本のイヴェントに参加する方々も多く、先日はホクレアも日本へ航海し、先日船積みでピア1に帰って来た。外洋の海を知るものにとって、日本近海はとても難しい海域。ここでも日本人のアメりカズ・カッパー・セイラーが同乗し、横浜までの航海を無事に終えた。今年のウクレレフェスティバルを見ても、日本にとってカピオラニ・パークのバンドスタンドは、すでに見に来るステージから、参加するステージへと大きく流れが変わったとおもう。ボクはその光景をまのあたりにして、不覚にも涙が出てきてしまった。デービッドに気付かれなくてよかったが、自分の中ではこんなにも大きなことだと、気づかされたのだ。ぼくらがハワイを訪れて、家に帰り、湯船に肩まで浸かるころに想いだされるのは、ハワイで出あった人たちのことではないだろうか?ぼくの、ここで暮らして見えてきたハワイは、人は皆、あまりかわらないな、ということだ。ぼくたちと同様、ハワイの人たちも、そして日本で暮らす外国からのひとたちも、同じなんだと。多くの人たちは、たとえ一瞬ではあっても、出合った人との想い出こそが、こころの奥深くに残るものなんだろう。なにかと忙しい“大人の人生”だけれども、その日々の暮らしの中での立ち振る舞いこっそが、その人の芸の肥しになってしまう。そう考えると、アマであれ職業であれ、芸事とは厳しく、また恐ろしいものだ。己を世間にさらすことで、すべてが見透かされてしまうからだ。新聞のインタビューで「映画にあわせて音楽を創る、という経験をしてボクは多くのことを学んだ。それまでの自分は、いかに速く弾くか、だけに集中していた」というジェイクの話を読んだ。ぼくたちの日本が、ジェイクのウクレレにたいする対峙の仕方にも、影響を及ぼしたということだ。ぼくたちの世代の日本は、知らないうちに、ハワイに、ハワイのウクレレに、こんなに深く、そしてしっかりと、影響をおよぼしている。最後にゆうこ♪さんから頂いた原稿に添えられていたお手紙を、この場ををお借りしてご紹介したい。

アキさん、Aloha!
もうそちらは夜中ですね。
このたびはいろいろありがとうございます。
アキさんの解釈、大変感激です!

最初の原稿のとおり、進めてくださってけっこうです。
実は以前、アキさんのハワイからのレポートを、偶然ウクレレ関連のHPなどを検索している際に見つけまして、ウクレレフェスティバルについて拝読いたしました。

その後、ウクレレフェスティバルを見に行くことに興味を持ち始めたと言っても過言じゃないんです。
まさかそのレポートの最新のウクレレフェスティバルのレポートを自分がするなんて、思いもよりませんでした。偶然って面白いですね。

日本は湿気と暑さで気が狂いそうです。
私がハワイにいた期間は暑かったとは思いますが、
ここまではひどくなかったような気がします。
ハワイはひどく暑いのでしょうか。
では、おやすみなさい!

ゆうこ♪

この“ホッとNEWS” が、ゆうこ♪さんの勇気ある決断と、行動のきっかけになった事への喜びを、アコデスタッフのみなさまと分かち合い、わたくしからも御礼を申し上げたいとおもいます。そして、ゆうこ♪さん、これは偶然ではなく“運命”なのですよ。マハロ!

それではみなさま、次回までアフイホー!
Big Mahalo to Colleen and Steve for splendid digital photography. (Aki`i)



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Mr.Kokubo
ハワイのセイリング・カヌー“ホクレア”が日本に向けて航海した。彼らは、飛んでくる鳥や虫など様々な生物、海に浮いている植物の一部、風や雲、そして星や月、太陽の位置から潮の流れも読み、独自のナヴゲーション(航海術)で自艇の位置を出す。これを担当するナヴィゲーターになるために、彼らは口伝で技術を継承して来たという。以前の航海では、ビッグアイランドへ向けてフネを回航する途中に嵐に遭い横転。そんな荒天のなか、救助を呼びに行った勇気ある“伝説の男”は帰らぬ人となってしまった。「この出来事は、サーファーたちを、そしてハワイの人々をも、多くの悲しみの底に沈めた。」と、ある日テレンスくんが話してくれた。海を越えてきたものにとって嬉しいもの。それは、冷えたビール(ぼくは氷入りのコーラ)、お風呂、食べ物、臭くないお水、そして人の温かさ、乾いた布団。しかし床につくと布団が揺れ、眠りにつくと嵐にあった夢をみる。ホクレアとクルーたちを迎えた“日本のこころ”はいま、彼らの言葉でこの島のみんなに伝えられている。かれらの伝統の文化である“口伝”で。どうか、みなさんも、あなたの大好きなこの島のこと、ウクレレの好きなところを伝えてみてください。ハワイ流に、あなたの言葉で。



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sib@kurosawagakki.com
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