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“レインボーツリー”と呼ばれる木は、花の色が季節によって“7色に変わる”のでそう呼ばれている。そして花がピンク色になる頃、オアフにスラッキーギターフェスティバルがやってくる。
常夏とはいえ、湿気と暑さ寒さ、雨の強さや量などで季節を感じることができるオアフだけれど、この花の色が白から鮮やかなピンク色に変わるときが一番季節を感じる。ピンクに変わり、やがて花を散らすレインボーツリー。つくづく1年経つのが早く感じてしまう。
このイベントは、今や大人気のウクレレ・フェスティバルと比べてとても空いている。昨年もそんなお話をしましたが、3週間しか間隔がないから余計に感じるのだな。ベンチも空いているし、プログラムもステージ下手のベンチの上にダンボール箱のまま置かれている。「この中から持っていって」という、簡素でもあり、人の良心を信じてる運営がのほほん感をさらに演出してくれる。
タイムテーブルは写真の通りです。読みづらくて申し訳ございません。今年の出演者はこちら
トップのPeter Apoは、The Native Hawaiian Hospitality Association こちらの理事を務めながら、長い間ミュージシャンとしても活躍。学生時代の“トラヴェラーズ・スリー”を経てApo&Beazley。そして現在はPeter Apoとして活躍しながら、トラディショナル・ハワイアンミュージックの継承に関わり、16年間にわたりAJA Grampleでスラッキーギターを担当しているとのこと。
一方、写真の彼は、キホアル(スラッキーギター)の世界で次世代の大物と呼ばれる、15歳のDanny Carvalhoくん。オジー・コタニ、レイモンド・カネ、ジョージ・カフモクという大御所がスラッキーの先生という彼は、女子ゴルフ(しかもUSPGA男子ツアーにもバリバリ参加)のハワイのスーパーガール、ミッシェル・ウィーも通うプナホゥ高校にこの秋入学。若い世代がすごくちゃんとしているハワイ社会。どうしてなのかボクは未だに解らない。親の教育か宗教からか。

ハワイアンスラッッキーギターを守り、学ぶ人あれば、教える人在り。“オジー・コタニはマジで(= literally)100人以上にスラッキーを教えている。もちろんオジーはレコーデングアーティストであり、多くのレコーディングに彼のクレジットがある。また自身何度も「ホク・アワード」にノミネートされ、そしてナ・ホク・ハノハノ・ミュージック・アワードのキホアル賞を受賞してもいる。今年もふたりの生徒とステージをつとめる。”(公式プログラムより意訳引用)
さて、もう少し早く知っておけば、少なくともマイミクの友だちに知らせることが出来た“ウェブキャスト”。今回はハワイのラヴァネットこちらとテイラー・ギターズの2社がインターネット上で“ほぼナマ”(20秒遅れ)でコンサートの映像を配信した。これで世界中のスラッキーギターファンがひとつになれる、素晴らしい出来事。来年こそ要チェック!

ラヴァネット社スタッフ、写真は左からレイチェルさんとゆかさん。ゆかさんは日本語バリバリ。お問い合わせはこちらまで。
私ごとですが、今回は最後のハワイアロハまで会場に残った。友だちのマットが9月下旬に大阪に日本語を勉強しに留学する。2年間の予定なのでハワイで再会できるか、現時点では微妙だ。以前から「マカナのライブに行くから行かない?」と声をかけてもらったり、声をかけたりだったけれど、なかなか都合が合わなかった。そこでマットといっしょに、スラッキーフェスでゆっくりと過ごすことにしたからだ。
おばあちゃんが大阪にいる。マットのお母さんは100%日本人の血縁なので、マットは50%。それにポルトガルやスペインなどの血が入っているらしい。ハワイではよくそういった血筋が何パーセントという話をする。マットは以前軽い接触程度の交通事故を起こした。保険申請のために軽微な事故でも証明書をもらうために、警察官の方に来てもらうのだが、「事故証明書にCaucasian(白人)て書かれた。ショックだったよ、ボクのどこがCaucasianだよ」。日本人の血に誇りを持ったローコボーイが浪速の街に行く。「寒いぞ、冬は!」「ユニクロがあるから大丈夫」となかなかの日本通。ホントいい奴ですから、大阪のみなさんお願いしますね。
スラッキーフェステイバルだからか通常でもか知らないが、出店も出ていて楽しい。シーェブアイスとはかき氷。当然、日系移民ハワイが持ち込んだものだよ。そしてコアやマンゴーの木で出来たランプシェードはとても見事。CDやスラッキー練習用のDVD、教本などが売られているブースもあります。日本と違いアメリカは欲しいものが欲しい時に手に入らない国。市内の主な楽器屋さんやCD屋さんをまわるにはレンタカーも必要ですし、このようなところ買うのが意外と便利なハワイアンスタイル。あれ、次世代の大物ダニーくんも手伝いしています。
そしてあまりの楽しさに、ついつい忘れ物をしてしまう人が続出、ほらこんなところにもサングラスが行き忘れ。ハワイは紫外線がとても強いところです、お越しの際には白内障予防に注意くださいね。
途中マットと遅めの昼食で抜けたりと、多少(かなり?)ゆるい感じで和みつつ、会場を出たり入ったりしていると、少し離れたところから聞こえてくるスラッキーの音色。面と向かって聞いたり、練習したりする時には感じ得ないあの緩やかさ。
伝説の演奏家が、あまり経済的には恵まれない社会から生まれたが故に、その演奏からはとても感慨深い説得力を感じる。
”Jus` Press(ただ弾くんだ)”というメッセージをくれたレッドワード・カアパナは、紡ぎだすギターの音色で、ステージからはなれた場所にいる人たちにまで、ひとりひとりにそのすべてを語っているかのようだった。
こうして第24回ハワイアンスラッキーギターフェスティバル“オアフスタイル”は、最後に演奏したデイビッド・カヒアポとカウカヒに加え、スペシャルゲストのメルヴィン・リード姉さんによるハワイ・アロハでフィナーレを迎えた。
いくらバンドの仲間とはいえ、なかなか大の男同士が、お天道様のまだ高いうちから手は繋げないもんだ。左に浪速の街で男を上げようというマットくん、そして右にはお年を召した日系人のアンティ。会場の全員と手を繋ぎあわせ、アンティ・メルビンの気合入リまくりのハワイアロハを歌いながら、来年のこの時期にぼくは果たしてこの島に居るのだろうか?などと感慨にふけたのでした。
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