オアフ島カイムキ在住 Mr.KokuboのウクレレNEWS

Vol.1 第34回ウクレレフェスティバル Vol.2 ローカルミュージック Vol.3 ウクレレファクトリー
Vol.4 ジェイク Vol.5 スラッキー Vol.6 フラ
Vol.7 第35回ウクレレフェスティバル プレイベント Vol.8 第35回ウクレレフェスティバル リポート Vol.9 「無料」で楽しむお得情報
Vol.10 第23回ハワイアンスラッキー フェスティバル Vol.11 ハワイ音楽研究会」御一行様ホノルルご到着 Vol.12 ウクレレギルド オブ ハワイ 2005
Vol.15 ホッとするお話
Vol.16 第36回ウクレレフェスティバル Vol.17 24th Annual HAWAIIAN SLACK KEY GUITAR FESTIVAL 2006 “OAHU STYLE”


九州をはじめ日本各地は豪雨に見舞われ、夏を前に大きな爪跡を残した。そしてまた、朝鮮民主主義人民共和国はハワイに向け核弾頭搭載可能を含めた複数のミサイル打ち上げ実験を行ったのです。この少し前、ハワイ沖の海上にて、イージス艦を含む我が海上自衛艦隊はアメリカ海軍との合同訓練を行ない、常夏の島も例年以上にHotな夏。

そんな頃、我が家のあるMo`ili`iliと渋谷のアコデとの間ではめずらしく、'06年ウクレレフェスティバルの取材についてインターネットで打ち合わせをしていた。実はオアフでも今回のウクレレフェスの告知が始まっていて、日本からの参加ミュージシャンに“ラウラ”も含まれていることを知ったからでした。

ラウラの来海くんとは、6年ほど前に親友の結婚式でお世話になった。またその後、阿部さんがオアフに来たとき、ウクレレ製作者のマカイナイさんの事務所で彼の話をした。マカイナイのウクレレを使ってる若き日本のプレーヤー来海くんのことを伝えたかったからでした。
その様子はこちら↓
Vol.3 ウクレレファクトリー
Vol.6 フラ

というのも、その後のラウラの活躍ぶりを知り、突撃取材じゃまずいかなということで、東京のアコデから事前に取材依頼を阿部さんにお願いしたからです。

今回のタイトルMusic is da universe language.は司会のDanny Kaleikini氏がフェステバルはじまってまもなく放った言葉だった。"The universe=全世界、全人類:ジーニアス英和辞典より" 

「私はカメハメハスクールの卒業生です。しかし私の父方の祖父は100%中国、祖母は中国とハワイの血を引いています。母方の祖父はポルトガルが25%〜」とKaleikiniさん自身が話すように、あらゆる人種やあらゆるルーツがひとりの人の中に込められている、それがハワイの社会。

また、ウクレレという楽器を使った音楽は、奏でる人たちによって全然雰囲気が違うなと思う。テキサスから来た"Ukulele Ladies and Gents"。彼らの歌は、まるでウディ・ガスリーの音楽ような雰囲気すら感じる、フォークソングの香がするのです。こんな雰囲気はハワイでは経験していないなと思い起こし、嬉しい驚きを感じるのです。

あらゆる背景を持つ人々が、それぞれの個性とともに小さな楽器を抱えカピオラニパークにやってくる。微笑みあう。そして別れを惜しむ。その真ん中にMusicがあるのがこの「ウクレレフェスティバル」というイベントだ、というメッセージを強く感じるDannyさんの言葉ですね。

日本からは、ふたつのウクレレ教室の人たちもやって来ました。写真はヤマハ・ミュージックスクール・オブ・ウクレレのみんなが出番前にステージ下手でスタンバイの図。みんなで来るオアフは、また格別に楽しそうだな〜ぁ、いいな。このヤマハの教室の様子は、阿部さんが来たときにお土産くれた「ローリングココナッツ」誌で見たことがあって、望郷の思いを重ね合わせて拝見しました。みなさん本番前の最終チェックに余念なしの図。

そしてサザンの関口さんの教室、ポエポエのみんなは、関東と中部からの参加だそう。テントに集合するみなさんの笑顔が素敵。関口さんはマーチンのアコースティックベースで参加。ウクレレ教室仲間とウクレレフェスに参加するという、世代を越えたみなさん。こんなピースな姿を拝見するにつけ、わが祖国の未来は明るいね、と感じるのでした。


「今回は結婚式で来たの。日本ではウクレレもそしてフラも習っているけど、今日がウクレレフェスティバルだってハワイに着いてから知ったのよ、ラッキー!」とは小林さんご夫妻。お話をしていくうち、ご本人たちの結婚式だと判った。お二人とも再婚同士のカップルで、お互いのお子さんやお友達に祝福されたそうだ。「ザ・ロイヤルハワイアンで式を挙げるのが夢だったのよ」とは新婦談。そこへなんと、小林夫妻のお友だち・大ベテラン五十嵐先生登場。

そして小林御夫妻もファンというLaula。来海くんが金魚のアロハ、松井くんサーフトランクスというイデタチでの登場。前日の土曜日にはカラカウアでストリートライブを一発カマして来たとのこと。ウクレレフェス本番前の笑顔もイイ。

この日ラウラが歌った曲は、みんなの心を掴んだなと強く感じるものだった。辛口のニューヨーカーデビッド・サイモンもめずらしく絶賛したのはさておき、彼らのパフォーマンス直後に「ハナホー」の声が掛かったのでした。発音からするとおそらく地元の人。このとき僕も反射的にハナホーの声を出してしまったのですが、イベント進行上アンコールは在り得ないのです。司会のDanny Kaleikiniさんが巧くまとめたのだが、近くにいた地元の人は同意のスマイルを、それも満面の笑みを僕に返してくれました。間違えなく彼の目は、ラウラに感動していたのです。



ラウラ演奏の後、松井&来海ご両人に感想を聞きに向かって驚いた。こんなに多くの女の子が記念写真に列をなしているじゃないですか。いや、聞いてはいましたが凄いですね、ココお台場?って状況。

そしてその後、ラウラのスタッフとハナホの話で盛り上がり、ふたりの「気持ちよかった〜ぁ」という感想を聞き、「夜、関口さんのパーティーに呼ばれているのでお邪魔して、明日帰ります」という二人と別れました。



自宅に戻った僕は、彼らのホームページをなにげなく見てみたのです。そうしたら、帰国のその日に地元の花火大会にゲスト出演、翌日以降も関西方面での仕事がびっしりです。決して楽とはいえないショービジネスの世界。だけれども、ま、楽な人生なんてありゃしないでしょ。

冷静に思い起すと、僕が見た'03〜'06の4回ウクレレフェスティバルで、ハナホーは記憶に無いのです。苦節3年(泣)、音楽とともにこの街に暮らした日本人の自分にとって「歴史的な瞬間」だったと感じました。"ハワイの人たちはやさしい"と感じるのは、ハワイを訪れたみなさん同様。ましてやウクレレフェスへ日本から参加したとなれば、とてもあたたかい歓迎をうけるのです。

そして、今回ラウラはの演奏が音楽好きのみんなの心を動かしたのです。辛く悲しい日々の暮らしの中で、思わず笑みがこぼれるハワイの人たち。この日集まった人の中には、家族や友だちを戦地に送り出している人もいたはず。

人にはお金では救われない人生もある。そんな時僕らの先人たちは"日本の人の情"で接し、地元にも受け入れられたのだ、と聞く。I amではなくWe areの心。この心こそ、まさに音楽の心なんだ。Peace.








Mr.Kokubo
みなさんはオアフ島の日本語スポーツ紙「日刊サン」をご存知ですか?ワイキキ周辺ではスタバやスーパーマーケットに置いてある無料配布の新聞なんです。

この新聞の土曜日発行(日曜付)版に、このたび"テレンスくんとマノアからの風"というエッセイを連載させていただくことになりました。

このお話はソーシャル・ネットワーキングサイト[mixi]の中の、Aki`iの日記にアップさせていただいているお話を、一部修正して掲載させていただいています。

日本を土曜日に発つとホノルル国際空港にも土曜日着。お越しの際はぜひお手にお取り頂き、みてくださいね。


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担当 阿部まで


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