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アロハ・オエの作者クイーン・リリウオカラニをはじめ、ハワイ王朝の多くはイギリスに留学し音楽を学んでいたのだから、ハワイの音楽はクラッシック音楽でもあります。ユニバーシティー・プレス・オブ・ハワイ刊のハワイアン・ミュージックス・アンド・ミュージシャンズで調べたところ、日本で初めてハワイの音楽が演奏されたのは1881年3月4日。そうです、キング・デービッド・カラカウアが横浜港に着いたとき、日本の軍楽隊が歓迎の演奏をしたのです。ですから日本最初のハワイ音楽もクラシカルミュージックなのです。
今までのバンド仲間達と違い、ウクレレのお友達には「ピアノ」などクラッシック音楽経験者の方が多いのです。きっとアコデのウクレレのお客さんも、そういった方も多いと思います。
「ゲッ、音符読めるンすか?」
「え〜アキさん読めないの?いままでスラッキーどうしてたのよ?」
「TAB譜って地図みたいなのがあって…」
ボクの場合はこんな不毛な会話も多いのです。
そこで今回は、そんな皆様に敬意を払い「クラシカル・ピアノのお話 in ハワイ編」です。
「所変われば〜」の諺どおり、事柄×人=その街ならではの空気・街ならではの独自性を生み出すから不思議です。初めて見たときのフットボールのチアリーダーなんて、私には「有り得ない」事柄でした。アメリカはこんなかよ?スポーツの世界で日本でこんな事したら、絶対坊主モノでしょ? と最初はショックでした。
ショックと言えば、映画「地獄の黙示録」でのクラシカル・ミュージックの使われ方。ここでこの曲かよ?という驚きと、さすがだぜ!という感動の余韻はいまでも忘れません。
さて、夜自宅のテレビで「暴れん坊将軍」などをだらだらと見ていると、「ホノルル・シンフォニー・オーケストラ」のコマーシャルをよく見ます。クリエイティブのアプローチもとても楽しく、コミカルな表現の2バリエーションです。僕の概念ではクラシカル・ミュージックは「まじめ」というイメージ。それを崩されるからこそ、印象に残るのかもしれませんが、「そうだよね、楽しそうだな、一度行ってみようかな」とも感じられるのが新鮮で、何よりハワイらしい楽しみ方だと。

ホノルル シンフォニーとピアノのリサさん |
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ハワイ大学ウォーリアーズの試合ではマーチングバンドもとてもクールなのだ!プレイ中、スタンドではバンドマスターが次の曲の番号を示し、バンドは楽譜を用意。攻撃が成功すると即演奏。そのうち近くの観客がリクエストをし始め、それにバンドマスター答えて演奏する。これもあり得ない本物感なのだ!ゴ〜ッ、ウォーリアーズ! |
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「ハワイ州は全米で一番ピアノのレッスンが盛ん」 これを聞いたときはかなり意外でした。ロイ・サクマ氏のウクレレ教室や近所の空手教室が子供たちで溢れ、親御さんのお子達への愛情は強く感じてはいました。が、ピアノはボストンなどニューイングランドでしょ? という印象だったのです。この話をしてくれた「仲道リサさん」は、ハワイでやってるロックバンドのボーカル、ジョー・オブラスの幼なじみ。「凄いピアニストが居るよ」とリサさんがオアフにやってきた折に紹介してくれたのです。日本で生まれ、幼いときからすでにクラシカルピアノに夢中になっていた彼女は、中学生の時にオアフに引っ越し、高校卒業までこの島で過ごす。その時代に出会った日系3世のエレン・マサキ先生から「その間、何よりもピアノを弾く楽しさを教わりました」と。
クラシカル音楽は、太古の昔に作曲された音楽を楽譜からその作曲家の意図を読み取り、その曲をどの様に表現すべきかを解釈し演奏されるべき音楽で、高度な芸術性の上にのみ成り立つ音楽だと思う。同じく高度な芸術性のジャズとは対極の音楽であり、誤りは許されない音楽。そして、歴々はその道を幼少の頃から極めなければならぬ伝統は、私達もよく知るところ。リサさんは、その後ジュリアードで音楽を学ぶためニューヨークへ移る。
米国の最高学府はどの分野でも厳しい。何を学ぶにしても大変な苦労を味わうからこそ、世界中から人々が集り、多くの「本物たち」が産まれ、そしてまた世界に散って行く。悪い所も多いが、良い所もたくさん持っているのがこの国である。
「日本にいた頃からすでに、ジュリアードに行ってみたいとの想いはありました」
というリサさんがエレン先生から習った「楽しさ」は、当然のことながら単なるオチャラケのそれとは次元を異にする。だからこそとても価値のある「ハワイ時代」だったのであろう。多少の間違えよりも楽しむことを学べたからこそ、ジュリアードで歯を食いしばり頑張れた、というような印象をリサさんの語り口から感じた。そしてまた新たな師匠にそこで出会うのだった。
リサさんのニューヨークでの師匠、マーチン・キャニン。ジュリアード・スクール・オブ・ミュージック教授。「学生時代は課題をこなすだけで必死だった」というリサさん。今では師匠と対等に音楽を論じることができるという。師匠への最高の恩返しだ。
リサさんはモーツァルト生誕250周年の2006年6月に、「ハワイへの恩返しの意味も含めて」一流のピアニストたちによるピアノレッスンと講師たちのリサイタル、生徒たちのコンサートなど8日間におよぶ“第1回アロハ・インターナショナル・ピアノ・フェスティバル”を開催する。ジュリアードの教授でのリサさんの恩師「マーチン・キャニン」氏も講師を勤める。
ハワイでピアノレッスンを受けているたくさんの人達、とりわけ子供たち。そして幸いにも一流のピアニストたちの多くは、今や我が日本人という時代。そんな彼らが講師をつとめるのだ。日本からの参加は、ウイーンに行くよりもニューヨークに行くよりも時間も(費用も)少なくてすむ。気候や島の人々のアロハの心など、魅力溢れる自然とホスピタリティーは「海外で受けるピアノレッスン」というプレッシャーを少なからず和らげてくれるはず。
「レッスンもさることながら、講師たちの演奏会も魅力あるプログラムだと思います。ですから、ワイキキなどからアクセスしやすい場所ということで、会場はホノルルコンベンションセンターにしました。2台のピアノを4人で演奏する2台8手や、1台6手など、ソロやオーケストラと違ったクラシカル・ピアノの魅力もご紹介できると思います」と語る中道リサさん。
またこの時期は、日本発ホノルル往復便のチケットは買いやすいのではないか?と思う。ハワイ旅行を兼ねてクラシカル・ミュージックも楽しむのだってハワイの魅力。
地元「ホノルルアドバタイザー紙」が、“Born to Play Mozart”(モーツアルトを弾くために産まれた)と呼んでいる彼女のミュージシャンとしての素晴らしい経歴はあえてご紹介しなかったが、ご存知の方も多いだろう。詳しくは www.lisanakamichi.com をご覧頂きたい。
「リハーサル時、誰も居ないホールで弾いているとシュテファンズ寺院の鐘がなりました。一瞬200年も前の1805年にベートーヴェンが実際この場所に実在し、交響曲「英雄」を指揮している光景が浮かび、またその同じ場所でベートーヴェンのソナタを演奏している私が居ると思うと、本当に鳥肌ものでした。そのひと時はベートーヴェン、シューベルトやモーツアルトの霊に囲まれていた感じでした」とリサさんの談。しかし本番では「実際本番で演奏している時はただ演奏に没頭していて、ベートーヴェンが実在していたなどとは考えていませんでした。演奏後はかなり時間も押していて、レセプション出席の時間も過ぎていたので、早く撤収せねばとばかり・・・余韻はあまりなく、とても現実的ですね」。でも、撤去やその後の予定を考えられるのはさすがプロだと思う。
そんなパフォーマンスのプロ中のプロである彼女に、最後にアマチュア・ウクレレ・プレーヤのひとりとして、皆さんを代表し質問をしてみた。
Q:ライブなどであがってしまったり、ときに演奏でミスをしてしまいます。失敗しない良い方法はありますか?
A:とにかく場数を踏む事です。失敗を恐れずに。それしかありません。
“第1回アロハ インターナショナル ピアノ フェスティバル”参加についてお問合せは
E-mail: alohapianofest@yahoo.com
写真提供:Lisa Nakamichi, Joe Obras
今回の写真は撮影者に版権が帰属いたします。
誠に勝手ながら無断転載は御遠慮いただきますようお願い申し上げます。Mhalo. Aki‘i
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