ストーリー

2005年6月
一ヶ月後に東武百貨店で開催予定の楽器の催しもののため、黒澤楽器店の森隆社長は、自ら全米を東奔西走していた。
そんな中、とあるギターショーで出会った、テネシー州にあるベース専門店より古いトバイアスを入手したと、私はメールに添付された一枚の写真で知った。トバイアス・ベースとは、今日この業界で最も高い評価を得ている楽器の一つ、MTDベースの前身で、弦楽器製作家マイケル・トバイアスが、その輝かしいキャリアをスタートさせた会社として非常に有名である。しかしその楽器は、良く知っているトバイアス・ベースとは随分異なる形で、相当古いものである事は間違いなかったが、正直確信は全く持てず、仕入れ値に見合うだけの価値があるのか皆目見当がつかなかった。
実機を見たのは、一ヶ月後の東武百貨店の催事場での事であった。私が担当したその臨時の売り場に並んだのである実物を手に取って、ネックや塗装膜といった中古の楽器としての状態が悪くない事を確認し、安堵した矢先、骨董として価値を大きくスポイルしている点を電装系に見つけた。本来あるべきサーキットが入っていなかったのである。
私がこの楽器にもった唯一の不満は、このオリジナルのサーキットが抜き去られ、パッシブとして結線されていた点であった。大きなルーティングの中、小さなポットが4つ並んでおり、5ピンの専用のアウトプットジャックは、どこにも結線される事がなく、端子の根元から数ミリ伸びたワイヤーは、無惨にカットされていた。本来はアレンビック社のシリーズ1のように外部ユニットにより電源が供給され、ピックアップごとに独立した出力の機能を担っていたであろう事は容易に想像出来た。昨今殆ど使用されていないこうした形式こそが、時代性を感じさせる部分であり、骨董として考えた場合、非常に重要な要素となる。このままの状態ではヴィンテージ・ギターとしてはいささか不完全であり、且つ現状がこの楽器にとってのベストな状態とはとても考えられなかった私は、いかにしてこの部分を解消すれば良いのかを検討し始めた。
出来るだけ詳しい情報を探しもとめ、仕入れ先のショップのウェブサイトをチェックしたり(いまだにその時の画像をみる事が出来ます。)古いトバイアスに関する色々な情報を集めることを試みたものの、当時のトバイアスについてはそれ以上の資料を見つける事は出来なかった。
表面にシリアル番号を見つける事が出来なかったので、製造年の特定すら出来ない状態だったのだ。仕入れ先もマイク・トバイアスに画像を送ったようであったが、結局詳細は不明であった。

2006年1月
毎年この時期にLAアナハイムで開催されるNAMMショーに、私はこの楽器を持っていく事を決めた。
このベースについては、やはり製作者に直接相談するのが一番良いに決まっている。そして、この楽器を隅々までリニューアルして、ヴィンテージ・ギターとしてではなく、新しく生れ変わった楽器として売り出そうと目論んでいた。折しもこの年は会社にとっては創立50周年にあたり、古い楽器を最新の楽器にアップグレードするという企画は、こうした記念に合い相応しいと思ったからである。
当初は色々なアイディアがあった。パッシブのままジェンセンのトランスを内蔵し、ダイレクトアウトを備えた楽器というのも考えたし、リフィニッシュをして近年のMTD的なステイン・フィニッシュにしてはどうか等。

「まぁまずはマイクに会ってから、話はそれからだな。」

ショーの日程半ばの夜、我々主催の食事会の後、ほろ酔いの私と弊社貿易部の人間、マイク、それから食事会に来てくれたジョー・ゾンの4人で、ホテルの私の部屋にある楽器を見てもらう事になった。
マイクが、薄汚れたフェンダーケースに入れられた彼の古い楽器と再会するシーンを、私はその傍らでとても嬉しく見ていた。
一通り楽器をチェックし終わると、あの低い声でゆっくりと「なんて下手なインレイなんだろう。」と彼はとても懐かしそうに、嬉しそうに言った。
それから、当時の色々な想い出話を聴く事が出来た。その場にもう一人の当時を知るジョーがいてくれた事で、話はとても盛り上がった。現役最高峰の弦楽器製作家が2人、時に情報を交換しながら、お互いの記憶を確かめ合いながら語りあう'70年代後半から'80年代初頭のミュージック・シーンなんて、滅多に聴ける話ではない。
私はその場を楽しんでいた。そんな話をずって聴いていたい、と思いつつ、マイクにこの楽器をどのようにしたいのかを打ち明けた。

「この楽器の我が社の50周年記念として、リニューアルして欲しいのです。キャリアのスタートと言っても良い楽器を、長い年月を経て、再度製作し直す事は、とても意味のある事で、現代の楽器として蘇るなんて、素晴らしいと思いませんか?」

私は、自分の希望として電装系のアップグレード、再塗装、ネック周りの修理、ケースの製作、等を細かく伝えた。
マイクはその場で暫く考えた後、その古い楽器を眺めながら、ゆっくりと私に言った。

「そのプランは大変素晴らしいとは思うのだけれども、この楽器の保存状態はリフィニッシュしなければならない程痛んではいないじゃないか。私はこの古い楽器の痛んでいない部分まで無理に新しくする必要はないのではないかと思う。もちろんエレクトロニクスやネックは修理します。エレクトロニクスについては、ビル・バルトリーニと相談しないとね。」
本人の気が進まないのでは仕方がない。私はいつだって相手の作家性を最も重要視しているので、無理矢理な注文は決して入れない主義だ。しかし今思い返すと、ひょっとしたらこの時、私はうかない顔をしていたのかもしれない。

マイクは続けた。

「もし、本当に君が新しいルックを求めるなら、、、私はこの古いトバイアス・ベースと同じ形の楽器をもう1本作るよ。50周年記念モデルとしてね。」

凄い!凄すぎる話になった。私は本当に驚き、感動と感謝の気持ちでいっぱいになった。おそらく満面の笑みを浮かべていた事だろう。

「実はこの古いトバイアスを製作したときのテンプレート類は全て保管してあるんだ。多分ブリッジや糸巻きも新品である筈だよ。この楽器のレプリカを製作するには、何の障害もないよ。」

こうしてこの夜、トバイアス・ギターズとしてキャリアのスタートとなった頃の楽器のアップグレードと、同じ形の最新作、という2本立てで50周年企画が決まったのである。   続きはこちら




1979 TOBIAS STYLE-O 4st Bass #0190

2006 MTD434 #1456 "50th Anniversary of T.KUROSAWA & CO.,LTD"





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